2011-03-15

たいへんな事態。

2011年3月11日。
日本をゆるがす、たいへんな事態が起きた。
東北における大地震。プレート型の地震だ。

阪神大震災でもそうだったが、この日も、名古屋でも相当揺れた。
何やら眩暈のような、大きな大きな、長い長い揺れ。
この揺れ具合は、大地震の震源地が遠いか、大地震の前触れか。どうも前者のような気がした。どこが震源地なんだろう?静岡?

 tvの地震情報をみて驚いた。宮城?震度7?東京を越えて、はるか宮城とは。そんな遠くで、この揺れ。
どんなにひどい規模なんだろう。さらに不安が。 たしか岩手は地形から、津波被害が大きくなりやすいという。津波は大丈夫だろうか。そして、太平洋沿岸で、いちばん怖いのは津波だ。

でも、その時は、こんなひどい事態になるとは、予想だにしなかった。
だんだんと警告感が強くなる、津波警報。10M!?ビルの4階建てだ。
でもきっと、みんな高台に逃げてくれるに違いない。そう信じてた。
映像に映るまちの大火災に、ふるえた。

翌日。映像を見た。さらに信じられないものを目にした。おそろしいうねりとともに。押し寄せる津波、巨人がなぎ倒すかのような、ものすごい力でまちを変えてゆく、そして津波の痕。

この平和な、ちいさな幸せの日常があちこち宿る日本の風景が、見る間に違うものに変わる。 まるで戦争だ。

何か大きなものに巻き込まれてしまった、愛しい日常が失われるさまを、見てしまう哀しさ。 さらに原発。つづきゆくダメージが次々おそう。
こんかいは自然災害だが、戦争を体験した方々は、こういう経験をしたのかな、とドミノ式に襲ってくる現象に、ただただ立ちすくむ。

名古屋。まちゆく人は、静かだ。ただ道を行きかうひとの声に「地震」が時々ふくまれる。影響する物流の関係で、だんだんとスーパーやコンビ二なども商品の売切が増えてくる。

そして、名古屋やこの中部地方こそが、もともとは自然災害で、大地震がさけばれているエリア。同じプレート型地震、想定されるのは連動型地震で、いつ襲ってくるか分からないエリア。 「死」というものを、これほど生々しく身近に感じたことはない。 何千以上もの尊い命が一瞬で失われてしまったのを、見てしまったから。そして、それはいつここで起きるか、分からないこと。

静岡でも地震が起きたらしい。まちゆく人が、だんだんと準備の足を速めていく。 日本列島の本州の約半分が、信じられない影響を受けた地震。まだ支援物資もままならないほど、「どこから、どうやって運んでいいか」手段がかぎられている。

それでも日本のエンジン、東京は動き始めた。まだまだ被災状況はひどいが、なんとかルートを築いて、支援物資も運ばれるだろう。
やはり日本人だから、「ひとりでも助かってほしい」「すこしでも安心してほしい」と切に思う。ふしぎなことに、ここまでピンチな状態だと、ほんとうに日本人を愛しく思う。平和なときは当たり前すぎて、日本にいるかぎりは民族(大和民族というのかな?)なんて、そんなに意識しないのだけど。 哀しみがより深く哀しみとして伝わる…なんとか笑顔をすこしでも多く持ってもらえるように。

 「一人の命は、地球よりも重い。」むかし、そんなようなことを言った日本の政治家さんがいたなあ。
地球よりも重い、ひとり一人の命と、ひとり一人の人生が、すこしでも多く未来へつなげることができますように。
それでも日本は動く。被災地いがいの人々は、日常をきりもりする。明日へつながるように、ちいさな一歩だ。

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